陸自の戦術 単なる駆け引きではない? お互いの心に作用する心理戦とは

感情を持つ人間であるが故

今回は心理戦について解説したいと思います。
これも、陸上自衛隊の戦術教範(戦術の教科書)である野外令の記述に沿って説明します。
この本は一般には販売されてはいませんが、国立国会図書館で昭和43年版を閲覧することができます。

個人的には、心理戦に関する記述ってなかなか面白いと思うんですよね。
野外令の他の項は、どちらかと言えば物理的というか、相手とこちらの実質的な力の作用がベースになっているように思うのですが、この心理戦に関しては、お互いの心に作用するもの。
そして、その効果を客観的に評価するのが難しいものだと思います。
なぜなら、「相手の戦車を10両撃破した」とか、「陣地を奪取した」のように、成果が目に見えないからです。
まさに感情を持った人間ならではの戦術だと思います。
それでは、その目的、考慮すべき事項について見ていきましょう。

心理戦の目的

野外令には、心理戦の目的として以下のように記述されています。

心理戦の目的は、敵の戦意を破砕して戦力の減殺を図るとともに、我の精神的健全性を保持して、敵の行う心理戦の効果を無効化するにある。

これを読んでみて、「敵の戦意を破砕する=やる気を無くさせる」のは分かるとして、それを持ってどうやって戦力の減殺を図るのだろうか?
と思われた方もいるのではないでしょうか。
戦力というと、部隊や戦車の数を想像してしまいますが、戦力にはこれら有形な要素の他に、気力や士気、体力といった無形の要素も含まれます。
特に、この気力や士気といった精神的な要素は、戦闘力な根源的な要素です。
いくら相手に勝る戦車や火砲を持っていたとしても、戦う意欲がなければ何の役にも立たないですよね。
なので、戦意を破砕することで戦力を減殺することができるのです。
この人間心理を対象とする心理戦は、「作戦のあらゆる分野において、相当大きな影響を及ぼす重要な手段」と言えますね。

心理戦の種類

心理戦には、相手を対象とするものの他に、味方を対象とするものもあります。
相手を対象とするものを「宣伝」と言います。
これは相手の戦意を破砕して戦力の減殺を図るもので、プロパガンダやネガテブキャンペーンもこれに含まれます。
具体例を挙げれば、「君達のやっていることは誰も支持していないよ」とか、「君達の仲間のほとんどは降伏してしまったよ」など、本当か嘘かは別として、戦う意欲を減退させるような情報をばら撒くことです。
これとは反対に、相手の行う心理戦を無効化するために、自分達に対して行うものを「広報」と言います。
やる内容は宣伝の真逆で、「君たちにはみんなが期待しているよ」とか、「仲間は今も奮闘しているよ」と伝えることですが、一つ注意しなければいけないのは、宣伝と違って大半は事実に基づく必要があると言うこと。
「嘘も方便」のなので、真実ではないことを伝えるのも全く無しだとは言いませんが、「嘘だった!」とバレた瞬間に、あっという間に士気は崩壊してしまいます。
それだけ味方に裏切られた衝撃は大きいので、使い分けに相当な注意が必要ですね。

心理戦において考慮すべき事項

作戦行動と連携させる

心理戦は単独ではそれほど効果を発揮しません。
作戦行動と密接に連携することで、期待した成果が得られます。

相手の行う心理戦に注意しつつ相手よりも先に仕掛ける

心理戦は砲撃とは違い目に見えないものなので、いつ、どのように仕掛けられているのか気づかない場合もあります。
なので、相手がどんな心理戦を仕掛けてくるのか、常に注意を払っておく必要があります。
また、相手の心理戦を無効化するためには、こちらから先に心理戦を行わなければなりません。
この際、一貫性と信頼性ある宣伝と広報を行うことが、成果を上げるために極めて重要だと言うことを覚えておきましょう。

やりっぱなしではダメ

心理戦はその成果を把握して、効果がどれだけあったかを判定することが大事です。
これには、自分が行ったものだけではなく、相手が行ったものも含まれます。
そして、「成果あり」と判断したらその効果をどう拡大させるか考え、次の一手を打つことが肝となります。

相手の心理戦から守る

個人及び部隊が、必要な知識を十分に持っていれば、相手の宣伝に乗せられることを防ぐことができます。
ここで言う十分な知識とは、こちらの作戦の意義とか部隊の任務に対する理解のほか、相手の宣伝の目標とその方法に関する知識を指します

ところで、野外令には、特殊武器(化学兵器や生物兵器)の脅威を利用する相手の心理戦についても記述されています。
特殊武器に対しては、何か得体の知れない恐怖があるものです。
このため、特殊武器の実体についての正当な知識を持たせ、対応策についてしっかり教育し、十分に対特殊武器防護訓練を行なって心理的圧力を克服しましょう、と書かれていますが、これは得体の知れない恐怖を煽る相手への対応策と読み替えても良いかと思います。

まとめ

心理戦は相手とこちらの精神要素に作用するもので、行動にもダイレクトに影響してきます。
ビジネスの現場にも応用できるものだと思います。
皆さんの参考になれば幸いです。

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