陸自の戦術 計画的な後退は敗走ではない! 後退行動編
今までの記事で、戦術の基本である「攻撃」と「防御」について解説してきましたが、今回はそれ以外の戦術行動である「後退行動」について解説します。
この記事も、陸上自衛隊の戦術教範(教科書)である野外令の記述に沿って説明します。
これは一般には販売されていませんが、国立国会図書館で昭和43年版を閲覧することができます。
「後退」は敗走?
皆さん、「後退する」と言う言葉を聞いて一番最初に受ける印象はどのようなものでしょうか?
ほとんどの場合、ネガティブな印象ですよね。
「景気後退」のように、何か逆らえない潮流があって、勢いが衰えていくようなイメージが最初に湧くと思います。
ネットで調べてみてもだいたい同じ意味で、類語に至っては「減退」とか「下火」が出てきます。
戦術での後退行動も、積極的に前に出て行くものではないので、やっぱり一般的な使い方と似たところはあります。
でも、戦術の場合は「行動」と付くだけに、計画的で組織的な動きになります。
これはビジネスにおいて、市場や案件から撤退する時にも応用できる考え方かと思います。
戦術における後退行動とは
後退行動を行う場合として、野外令には以下のように記述されています。
任務を基礎として、戦闘を中止して新たな企図に応ずるため、速やかに敵から遠ざかる場合に行う。
ここで大事なのは「任務を基礎として」の部分です。
どういうことかと言うと、敵の圧迫に耐えられなくなり、任務を放棄して逃げ出すものではないと言うこと。
そもそも統制を失った壊乱状態での敗走は、戦術行動ではないですよね。
この後退行動は、通常、敵との接触を断つ離脱と、敵との間合いを取る隔離の2段階で行います。
実行する場合の考慮事項
こっそりやる
後退行動を開始するときは、敵にその動きを察知されないようにすることが大事です。
「あ、こいつら下がり始めた」ってバレてしまうと、敵から追尾されて、離脱も隔離もできなくなってしまいます。
なので、がっぷり四つに組んでるふりを続けながら、気づいたら間合いを取られていたような状態にするのが理想です。
後退行動を開始する前後に、一部の部隊でちょっと攻撃を仕掛けるのも有効ですね。
また、悪天候を利用するのもありです。
後退行動の初動がうまく行ったからといって、安心してはいけません。
隔離が完了するまで、前面、側面、背後だけではなく、上空に対してもしっかりと警戒の処置をとっておく必要があります。
でも、隔離への移行中にバレたからと言って、後退行動が成り立たなくなる訳ではありません。
こちらがスムーズに隔離に移行できるよう、火砲による射撃や障害の設置で、敵の行動を妨害すればOKです。
組織的にやる
後退行動は接触中の敵から間合いを取る行動なので、組織的に行わないとうまくいきません。
なので、後退要領について事前によく計画しておくことが必要です。
中でも、部隊の移動の統制については、綿密にシミュレーションして指揮下部隊に徹底しておくことが大事。
また、隣接する部隊や、同じ経路を使う部隊同士で、その要領などについて調整させておきます。
そして、離脱が始まったら、部隊の持つ運動力を最大限に発揮して一挙に間合いを取る。
これが肝。
追いかけてくる敵の突進力を減殺するため、橋やトンネルを破壊するのもありですが、その後で自分の首を絞めることがないか、よくよく考えてから行いましょう。
士気を上げる
戦術での後退行動が敗走ではないとはいえ、部隊や隊員の士気に与える影響には注意が必要です。
今まで「あの陣地を奪取するぞ」とか、「ここは死守する」と頑張っていた部隊に、「はーい、一旦ストップ。後ろに下がりまーす」なんて言うと「えー??」ってなっちゃいますよね。
なので、後退する目的を、部隊や隊員にできるだけ丁寧に説明するよう留意しましょう。
まとめ
いかがだったでしょうか。
後退行動は敗走ではなく、任務を基礎として、組織的且つ計画的に行うものであることがご理解頂けたかと思います。
そして成功の鍵は、実行する際にその初動をしっかり秘匿すること。
また、敗走ではないとは言え、部隊や隊員の士気に及ぼす影響を考慮することが重要です。
皆さんのご参考になれば幸いです。