ニュース解説:ウクライナ情勢から「士気」について改めて考える

ウクライナに侵攻したロシア軍兵士の士気が低下

ウクライナ情勢に関するニュースで、「ロシア軍兵士の士気が低下している。」というものがありました。
以下、そのニュース記事。

[ロンドン 30日 ロイター] - 英情報機関である政府通信本部(GCHQ)のフレミング長官は30日、ウクライナにいる一部のロシア兵が命令を拒否し、自らの装備を破壊したほか、誤って自軍の航空機を撃墜したことを示す新たな情報が得られたと明らかにした。
オーストラリア国立大学(キャンベラ)で行われた講演録によると、フレミング氏は、ロシアのプーチン大統領がかつて強大だったロシア軍の能力を「大きく見誤った」ほか、ウクライナ国民の抵抗と制裁を発動した西側諸国の決意も過小評価していると指摘。新しい情報を基に、ロシア兵士の士気が低く、装備が不十分である証拠があるとしたほか、「プーチンのアドバイザーは彼に真実を伝えることを恐れていると思われる」と語った。

出典:ウクライナ内の一部ロシア兵、士気低下で命令拒否も=英情報機関

軍に限らず、スポーツ選手でもサラリーマンでも必要とされる士気。
その言葉の印象から、「戦う意欲」のようなものをイメージするかと思いますが、そもそも士気とは何なのでしょうか。
そして士気が低下した場合はどうすれば良いのか。
今回の記事では、「そもそも士気とは何か?」、「士気高揚の一般的要領」について、陸上自衛隊の戦術の教科書である「野外令」の記述に沿って解説したいと思います。

士気とは何か

陸上自衛隊において士気とは、「任務遂行の原動力であり、自分の仕事を積極的に行って、組織の一員として全体の任務達成に参加しようとする精神状態」とされています。
ここから、単に「戦う意欲」だけではなく、「自分の果たされた、あらゆることに対する意欲」ということが分かるかと思います。
個人の士気が高いと、「あいつは頼りにできるな」と相互の信頼関係を生み出し、これによって組織全体の精神が高揚し、部隊の士気として表れます。
そして、「部隊の士気高揚」→「そこに所属する個人の士気高揚」→「部隊の士気がさらに高揚」という好循環を生み出すのです。

士気の根源は指揮官にあり

陸上自衛隊では、「士気の根源は指揮官にある。」とされています。
指揮官に対する部下の信頼と尊敬をベースに、戦いおける勝利、任務遂行力を高める訓練、規律の維持、隊員相互の信頼感などによって、士気は醸成されるのです。
会社員の方であれば、指揮官を「上司」に置き換え、隊員を「社員」に置き換えてみると、何となくしっくりくるのではないでしょうか。
指揮官による指揮と統御(→こちらの記事参照「管理職必見! 陸自のリーダーシップ 部下と一体となって任務を完遂するために必要な「統御」)が優れていれば、困難な状況や心身の疲労に直面しても、これを克服しようとする組織的な雰囲気が醸成され、結果として士気が高揚します。
軍において士気は、戦闘力を把握するための重要な要素となるので、指揮官は現場視察や部隊からの報告で、部隊や個人の士気の状態を把握・評価し、士気低下の兆候があれば、その原因を特定して処置しなければなりません。
士気低下の兆候としては、戦闘の成果が常に低調、弾薬や補給品の浪費、規律違反の増加、衛生状態の悪化(個人や部隊の清潔に対する注意力の低下)、投げやり又は消極的な言動、転属希望の増加などがありますが、「戦闘の成果が常に低調」を「常に赤字の事業部」、「弾薬や補給品の浪費」を「販管費の浪費」と読み替えれば、会社でも当てはまるものがあるかも知れませんね。
現場を視察して士気の状態をチェックする際は、これらを雰囲気から直感で感じ取ることが大事です。

士気高揚の一般的要領

士気の高揚は人間的欲求に応える方法を基本に

士気は、適切な指揮、卓越した統御、訓練、精神教育による他、良好な部隊の管理により、維持することができるとされています。
また、士気高揚には、任務を強制して努力させる方法と、精神的安定感と満足感を与えて自発的に湧き上がらせるという、人間的な欲求に応えるような方法があります。
どちらでやるかはケースバイケースですが、基本的には後者を優先するべきでしょう。

部下に対する信頼感を示す

自尊心は士気を維持・高揚させるために重要な要素です。
これは、自己に対する誇り、自己の価値を認めることになり、自信を持って積極的に任務を遂行しようとする意欲を掻き立てます。
指揮官が部下を信頼することで自尊心は助長されます。
皆さんも「上司から信頼されている」と思えれば、「頑張ってみよう」という気持ちになるのではないでしょうか。

士気を高揚させる具体的要領

野外令には以下の事項が、士気高揚の一般的要領とされています。

  • 表彰・栄典
  • 休養
  • 給与
  • 厚生
  • 郵便
  • 人員交代

では、一つづつ見てみましょう。

表彰・栄典

人は褒められると嬉しくなるのが普通です。
何か功績があったら、タイミングよく表彰してあげましょう。
表彰は時期が過ぎてしまうと、「今更ですか・・・」と思われてしまうので、機会を逃さないことが大事です。

休養

これは分かりますね。
疲労困憊では士気は上がりません。
会社で働いていると、24時間、365日重要な局面にいる気がして、なかなか休みを取り辛いのですが、指揮官たる上司が、部下を積極的に休ませてパフォーマンスの低下を防ぐように留意しなければなりません。

給与

これも分かり易いのではないでしょうか。
給与は日々の働きに対する感謝を形にしたもの。
ちなみに、軍では異動した者、戦傷により後送された者、戦没者への給与の支払いも大事とされています。

厚生

これはレクリエーション、物品や嗜好品の販売のことです。
海上自衛隊では、幹部候補生の遠洋航海中に、ケーキ食べ放題の日を設定しているそうですが、これはまさに士気高揚施策の一つですね。

郵便

「なぜ郵便?」と思った方もいるのでは。
これを今風に置き換えると、SNSに当たるものです。
戦闘という非日常に晒されている人に、家族や一般社会との接点を持たせることは、精神的な安心感を与えるもの。
疎かにしてはいけません。

人員交代

常にフロントラインにいると、人は疲れます。
その期間が長くなればなるほど、士気はダダ下がりになります。
なので、状況の許す限り人員を交代させましょう。
特に、第一線での勤務が長い人ほど優先で。

ロシア軍の中で起きていることを推測

これまで読み進めて頂いた方は、「確かにロシア軍の士気は低下しているわ〜」と思ったのでは。
ニュースでは、命令不服従、味方機に対する誤射、一般市民の虐殺などが報じられています。
命令不服従は組織の一員としての意識の欠落、味方機への誤射は守るべき手順の無視、市民の虐殺が現場の判断で行われているのであれば、規律が低下していると言えます。
これらの士気低下の原因は何でしょうか。
私見ですが、一つは想定外の長期戦となり、「勝利」と言えるものが不明確になってしまったことにあると思います。
そもそも、2日間くらいの短期戦を想定したと言われているので、長期のオペレーションに耐え得る訓練は行っていなかったでしょうし、人員交代も計画していなかったと思います。
長期間戦場にいることで、ロシア本国の一般社会との接点も持てない状況にあるのではないでしょうか。
もう一つは、将官級の指揮官が複数名戦死したこと。
「士気の根源は指揮官にある」ということを思い起こせば、ロシア軍の士気低下の最大の要因はここにあるのかもしれません。
皆さんのご参考になれば幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です