今年目立った自衛隊でのパワハラでの処分報道:元自衛官として思うこと

ハラスメントで207件を処分

2023年を振り返ると、自衛隊に関するネガティブな報道として、ハラスメントに関するものが目立った印象があります。
12月22日付の防衛省の公表資料によると、207件で245人を処分したとありました。
処分された245人の内訳を見ると、パワハラが115人、セクハラが30人、パワハラ/セクハラが6人、その他ハラスメントが2人、規律違反が92人となています。
(防衛省:ハラスメントの状況について

規律違反を除いて見た場合、ハラスメントに占めるパワハラの割合がおよそ75%と、圧倒的に多いのが分かります。
元自衛官としてこの数字を見たとき、「そうだろうな」と思ってしまう一方で、「自衛隊だからパワハラなんだ」と言った論調の記事には少し違和感も覚えます。
私自身は「自衛隊だからパワハラ」とは思わないからです。

「上意下達、絶対服従だからパワハラ」は本当か?

マスコミの報道で、「自衛隊は上意下達、上官には絶対服従だからパワハラが起きる」といったものがありました。
上意下達、絶対服従と聞いて、皆さんが思い浮かべるのは、テレビや映画に出てくる、部下を一列に並ばせて怒鳴り散らす軍人の姿ではないでしょうか。
でも、あの手の場面は軍という組織の日常ではなく、教育期間中という限定された場面であることが多いです。

確かに、新隊員教育隊や陸曹教育隊、幹部であれば幹部候補生学校で似たようなことは行われています。
でも、これは意図的に過度な緊張状態を作り出し、そのような状況下でも冷静に判断したり、チームワークで課題を克服する技術を養うという、教育の一環として行われているものです。
ですから、上官(実際は教官)は敢えて威圧的な振る舞いをしたりしますが、「全員を立派に育てて無事に卒業させたい」という強い目的意識があり、当然ながら、学生に対しても強い愛情があります。
修了式で学生と一緒に涙を流してしまうのは、その証拠だと思います。

一方で、「教育期間中に上意下達、絶対服従が身についてしまい、自衛隊ではどこでも威圧的に指導するのが普通では?」と思われる方もいるかもしれませんが、それは大きな誤解です。
私も現役時代に厳しい上司に何度も遭遇しました。
しかし、「厳しい=威圧的」ではなかったですね。
もちろん、激しく叱責されたこともありますが、それをパワハラと思ったことはなかったです。
なぜなら、普段から上司に対して意見を言える関係がしっかり作られていて叱責されている最中も、自分の考えを言えるチャンスが何度もあったからです。
でも、明らかに自分に非があったので、黙ってしっかり怒られることがほとんどでしたが。

このように、上司にもしっかり意見を言える雰囲気は自衛隊の中にも確実にあります。
また、本当に優秀だと感じ、信頼できた上司ほど、部下の声にしっかり耳を傾けてくれました。
そもそも、部隊でも司令部でも市ヶ谷でも、多くの場合は普通の民間企業の職場と変わらない雰囲気です。
いつも怒号が響き、部下に威圧的な態度で服従を強いる職場は稀です。
ですから、一括りに「上意下達、絶対服従だからパワハラ」は違うと思うのです。

パワハラの撲滅に向けて

とはいえ、パワハラで多数の処分者があったことは事実。
このパワハラを減らしていくにはどうすれば良いのでしょうか?
私なりには以下の2つがあろうかと思います。

①自衛隊法の「服務の本旨」に立ち返る

そもそも、「上官への絶対服従」の根拠は自衛隊法の中にあります。
自衛隊法第57条に「上官の命令に服従する義務」として、「隊員は、その職務の遂行に当つては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」と定められています。
つまり、服従することが法の中で規定されているのです。
でも、自衛隊法のこの部分だけ抜き出すのは間違い。
この第57条は自衛隊法第四節「服務」に規定されているものですが、そもそも第四節の冒頭にある第52条「服務の本旨」には以下のように書かれています。

隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもつて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする。

出典:自衛隊法|e-Gov法令検索

「徳操」とは固くて変わらない道徳心のことで、さらに「人格を尊重しなさい」とあります。
法で「道徳心」と「人格尊重」が規定されているので、これは重要なポイントだと思います。
この条項は入隊したての頃に暗記させられるので、多くの自衛官が知っているはずですが、知っているだけではダメですね。
その内容をしっかり教育し、理解させることが大事だと思います。

②家族のような信頼関係

知り合いの現役自衛官から、「最近ではちょっと厳しく指導すると、すぐにパワハラと言われてしまいそうで・・・」という声を耳にしたことがあります。
自衛隊は日本の防衛という極めて重要な任務を持っているので、妥協を許さない厳しい姿勢も必要になるでしょう。
しかし、厳しさを威圧的な態度と取り違えてしまう部下もいるかもしれません。
それ故に、「パワハラと思われたくない!」と、ついつい妥協してしまい、仕事の質が下がるようではダメですよね。

では、厳しい指導をパワハラと思われないようにするにはどうすれば良いか?
それは、部下と家族のような信頼関係を築くことだと思います。
家族といっても、10歳の息子と40歳の父親ではなく、相応の年齢の人間同士、つまりお互いが大人という家族における信頼関係です。
家族同士であれば、仮に親から厳しいことを言われた場合、その場では「何だよ!」と思いつつ、「確かにそうかもしれない」と思い直すことができると思います。
また、親も自分の子供の人格を無視するような言葉は選ばないでしょう。
兄弟の関係に置き換えても同じ。
弟からの冷静な意見に対して、罵倒で応えたり、人格を踏み躙るような受け答えはしないと思います。
ただし、「職場の関係」というフィルターを通した家族のような信頼関係、であることに注意してください。

実践するのは難しいがするしかない

ここまで読んだ方はきっと、「いやいや、そんなの当たり前にみんな思うけど、実践するのが難しいからパワハラはなくならないんだよ」と思われたのではないでしょうか。
確かにその通りです。
でも、やるしかないのです。
パワハラ撲滅には厳罰化が必要という声もあります。
それも大事だと思いますが、ペナルティを突きつけるだけでは本質的な解決にならないと思うのです。
やはり、当事者たちの自覚。
プロ意識と言い換えてもいいと思います。
プロとして法に規定された服務の本旨を実践し、職場の部下や同僚たちと家族のような信頼関係を築く。
決してできないことではないと思います。

来年は自衛隊に関する明るいニュースが多いことを期待します。

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