自衛官の生涯設計の確立に関する閣僚会議を設置〜自衛官が"自衛官後"を生き抜くために必要な組織的な施策とは
目次
自衛官の処遇改善と生涯設計の確立に向けた閣僚会議設置
10月9日の防衛省ホームページに、
「自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する関係閣僚会議の設置について」
が掲載されました。
その内容は以下の通りです。
一層厳しさを増す安全保障環境の中、我が国の平和と独立を守るため身をもつて責務の完遂に務めている自衛官の処遇改善、勤務環境の改善、そして新たな生涯設計の確立等のための方策をとりまとめるため、内閣総理大臣を議長とする「自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する関係閣僚会議」を設置することとされました。
出典:防衛省ホームページ「自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する関係閣僚会議の設置について」
元々の総理決裁を経た文書はこちらからご覧になれます。
これを見るとメンバーがすごいですね。
議長は総理、構成員には主要な大臣が名を連ねています。
自衛官の処遇改善に向けた本気度が伺えますが、私が個人的に注目したいのは、「新たな生涯設計の確立」というところ。
生涯設計とは、人生設計またはライフプランとも呼ばれるもので、自分や家族の夢、将来について考え、生涯の収入と支出、リスクを踏まえて自分の人生を計画することを指します。
実は、自衛官にとって、この生涯設計を立てることは一般のサラリーマンよりも難しいこともあるのです。
そこで今回の記事では、幹部自衛官、特にその大多数を占めるであろう1尉〜2佐を対象に、一部1佐も含めつつ、自衛官が抱える生涯設計上の問題について解説したいと思います。
※本記事は個人的主観も多数含まれます。
「自衛官後」の厳しい現実
中途半端な年齢で社会に放り出される自衛官
自衛官は一般のサラリーマンに比べ、若くして定年を迎えます。
これが自衛官の生涯設計を難しくする一つの要因だと考えます。
最近、定年延長が決定されて少しだけ変化はありましたが、自衛官の定年年齢の推移は下表の通りとなっています。
令和5年9月まで | 令和5年10月〜 | 令和6年10月〜 | |
1佐 | 57歳 | 57歳 | 58歳 |
2佐 | 56歳 | 56歳 | 57歳 |
3佐 | 56歳 | 56歳 | 57歳 |
1尉 | 55歳 | 56歳 | 56歳 |
定年延長があったとはいえ、みなさんどう思いますか?
通常のサラリーマンであれば60歳で定年、希望すれば65歳まで働くことができます。
最近では、「定年を65歳に」という意見もあり、また、60歳でいったん定年退職して、その後、継続任用で65歳まで働く場合でも、給与は定年時から大幅にダウンさせないといった施策も耳にしたことがあります。
大企業では、以前は役職定年というものがありましたが、今は廃止するところもあるようで。
いずれにせよ、人生100年時代において、56歳〜58歳はまだまだ若い方で、働き盛りといっても良いでしょう。
しかし、この年齢で幹部自衛官は社会に放り出されます。
そしたら何が起きるのか?
それは「現役時の職責・給与に見合った適切な再就職先が見つからない」という問題に直面するのです。
理由は簡単です。
自衛官であった人が民間企業でどんなスキルを発揮できるかが分からないですし、企業の目的や気風に合うように育成するには歳をとり過ぎている。
だから採用しづらいのです。
その年齢で民間企業の幹部職だとすると、課長以上は当たり前。
大企業では年収も4桁はいくでしょう。
でも、何ができるか分からない人に、企業は4桁の年収を払うことはできないのです。
最近は転職サイトで「未経験者歓迎」とか、「異業種からの転職OK」という文言も見かけるので、「自衛官のような民間企業未経験でもOKなんだ」と思ってしまうかもしれませんが、これは大きな勘違い。
ここでいう未経験とか異業種というのは、例えば「IT企業の営業で管理職だった人が、飲料メーカーの営業課長職に転職」といったような、最低限の親和性を持つことが条件であり、本当に全くの未経験者などを求めていないのです。
これは実際に私が大手の転職エージェントから聞いた話です。
自衛官に好印象を持っている企業であっても、
「体力があって元気がいいようだけど、だから?」
というのが本音ではないでしょうか。
自衛官がテレビに映し出される時、「彼は幹部、彼は陸曹、陸士」とか認識しながら見ている人は稀でしょう。
なので、上から下までみんなムキムキに鍛え上げられた身体を持ち、やたら大声を張り上げ、過酷な自然の中でサバイバル的なことをやっている、ということしか分からない。
そんな感じではないでしょうか。
「筋肉は素晴らしいけど、思考力とか理解力はどうなんだろうか?」
「同じ訓練の繰り返しだった人に、新しいスキルを身につける柔軟性はあるのだろうか?」
「会社の中で部下に対して大声で威圧的な指導をしたりしないだろうか?」
そんなことが頭をよぎると、「50代後半の謎の人物を採用するのはリスク」として、避けるようになるのはごく自然なことです。
防衛系企業への再就職も厳しくなる?
一般的な企業への再就職は難しいのですが、自衛官としてのキャリアが活かせる防衛関連企業に再就職するパターンがあります。
防衛関連企業といっても業種は様々で、装備品の開発・製造を行う重工業系のみならず、金融・保険業界、IT、運送業など、選択肢もそこそこあります。
しかし、これからは防衛関連企業への再就職も難しくなるかもしれません。
なぜなら、防衛省が自衛隊OBを遠ざける傾向にあるからです。
どういうことかというと、定年退職した自衛官が防衛関連企業に再就職し、そこで営業のような顧客(防衛省・自衛隊)と接する部署に配属された場合、退職から2年間は防衛省向けの営業などの活動が禁止されているからです。
明確に「2年間は防衛省向けの営業禁止」という文言は見つからないのですが、おそらく「自衛隊員の再就職等規制」にある、以下の部分が該当箇所だと思います。
退職して営利企業等に再就職した元隊員(いわゆる現役出向者を除く。)が離職前5年間に在籍した局等組織の隊員に対して、再就職先に関する契約等事務について、離職後2年間、職務上の行為をする(しない)ように、要求又は依頼することは禁止されています。
出典:自衛隊員の再就職等規制
また、最近ではさらに厳しい規定も追加されました。
自衛官を含む元防衛省職員が再就職先の企業の社員として、防衛省・自衛隊に営業など業務上の理由で訪問する場合、その訪問先によっては、現役の職員は事前に許可を取得し、さらにはその結果の報告作成が義務付けられたのです。
【面会】
出典:防衛省ホームページ「防衛省を退職された皆様へ」
1 . 情報部署の職員が元防衛省職員と面会する場合、現職職員は、事前の許可及び面会結果の報告が必要となります。
2 . 情報部署の職員以外の職員についても、元防衛省職員と面会する場合、現職職員は、面会結果の報告が必要となります。
この規定が追加されたのは、元自衛艦隊司令官だった某氏が、在職時の職務上の地位を利用し、現職自衛官から高度な秘密情報を聞き出したという事案があったからです。
現職の自衛官は忙しいので、事前の許可取得や面会後の報告作成は煩わしいもの。
そうなると、企業側に自衛隊OBは同席させないようお願いすることになるでしょう。
元自衛官を採用した防衛関連企業は、自衛隊の業務理解や人脈を活かして、顧客の望む製品やサービスの創造に貢献してくれることを期待したと思うのですが、顧客との接触ができなくなってしまうと、結局はプロパーの社員だけで防衛省・自衛隊を訪問することになります。
その結果、期待された企業と自衛隊との橋渡しとしての役割は担えず、下手をすると「期待外れのお荷物社員」になってしまうかもしれません。
そうなることが予見できた段階で、元自衛官を採用する意義は低下するでしょう。
ですので、個人的な見解ですが、今後は防衛関連企業への再就職も難しくなるであろうと思っています。
定年後の再就職は日本陸軍時代からの課題
自衛官の生涯設計の難しさという問題は、今に始まった話ではありません。
実は日本陸軍も同様の問題を抱えていました。
「陸軍将校の教育社会史」(広田照幸著・ちくま学芸文庫)には「退職将校の生活難問題」として以下のように記述されています。
大尉以上に進んで予備に入ったものは、平均四十歳以上に達しているが為に、民間会社においてもその肩書きと年齢の関係上、大抵は敬遠して其人を採用しない。是が為に陸軍大佐にして三等郵便局長を勤めているものもあれば、陸軍大学の出身者で保険会社の一事務員に納まっているのもあり
出典:陸軍将校の教育社会史(下)第1章 社会集団としての陸軍将校 第4節 退職将校の生活難問題
(中略)
しかも退職後、それまでの経験を生かして、軍事に関係する著述をしようと思っても、軍事上の進歩や規則の改廃等を知ることができず、問い合わせても相手にされない。
大尉とは現在の1尉、大佐は1佐に相当する階級で、陸軍大学とは、いわば総合職になるためのキャリアコースで、今の陸自で言えばCGSと呼ばれる指揮幕僚課程の出身者となります。
つまり、部隊にあっては中隊長や連隊長として100名以上の部下を抱え、陸軍省や参謀本部にあっては、選抜されたエリートとして要職につくような人たちでも、再就職は難しかったことが分かります。
また、「退職後、それまでの経験を生かして〜」のくだりは、「自衛官としての経験を生かそうと、防衛関連企業の営業職についたが、自衛隊からは遠ざけられてしまう」という現状を彷彿とさせるものです。
同書によると、1931年(昭和6年)の将校の定年は、大尉48歳、少佐50歳、中佐53歳、大佐55歳。
当時の寿命を考えると、今よりも高齢だったかもしれません。
また、「極端な階級生活をした将校が、社会に入ってはうまくバツを合わしていけなくて、昔の身分が頭を出して何かにつけて人の感情を害することも多く、社会に役立つ知識や技能も持ち合わせてはいなかった」とのことで、ある歩兵大尉の述懐として、「永年社会とは没交渉にて(中略)世間のことは何も知らぬ。社交下手である。」とありました。
今の自衛官がここまで社会から分離されているとは思いませんが、外(企業)から見れば同じような状況に見えるかもしれません。
いずれにせよ、軍という組織が社会的に認識され、憧れの職業の一つであった時代でさえ、定年後の再就職は大きな課題であり、軍務に精励した者ほど、社会で役立つスキルを身につけられず、その結果、現役時代の職責や給与に見合った職を得られなかったことが分かります。
“自衛官後”を生き抜くために必要な組織的な施策
これまで見たきたように、中途半端な年齢で定年を迎える自衛官の「自衛官後」を設計することは、旧軍時代から脈々と続く如何ともしがたい課題だと言えます。
しかし、これを解決しないと「自衛隊に入ると歳をとってから損をする」と思われ、「だったらキャリアを積めば異業種への転職も可能な民間へ」となり、今後も自衛官を志願する人が増えることはないでしょう。
では、どうすれば良いのか?
私は次の3つのことを提言したいと思います。
①若年幹部時代から定年後を意識させ準備させる
3尉や2尉といった若年幹部(年齢は20代前半から30代と幅はありますが)の頃から、予測される社会的なトレンドや風潮をインプットしつつ、今後の自分の方向性、定年後の生き方について考えさせ、今から何を準備すべきかというライフプランを作らせるべきです。
一応、今でも定年が近づくとそのようなことを考えさせる教育はあります。
確か業務管理教育という名称だったと思いますが、それでは遅いと思います。
定年まで20年以上ある若年幹部の頃から、繰り返し定期的に教育するのです。
そうすれば、時代の変化にも気づくことができ、「世間のことは何も知らない」を回避できるかもしれません。
この時に、自衛官としての経歴と定年後の再就職先について、いくつかの実例を紹介すれば、「このまま進めば定年後にどうなるのか?」が現実的にイメージアップできると思います。
例えばCGS、FOC(幹部特修課程:職種部隊長を養成するコースで退職時は2佐〜1佐が一般的)、ノーマーク(CGSにもFOCにも行かなかった幹部で、退職時は3佐〜2佐)で、現役時代にどんな職務を経験し、そして退職後にどんな職業に就いたのか、その年収はどの程度なのか、といった感じで。
それを踏まえた上で、定年後のなりたい自分を思い描かせ、そこに必要な資格を若い頃から計画的に取得させることも必要だと思います。
自衛隊には資格取得を奨励する制度があり、中には官費で取得できる場合もあります。
ただ一つ注意が必要。
資格は取得するだけでは意味がありません。
例えば、運転免許は持っているけど、免許取得後に一度も運転したことのない人が、ドライバーとして信頼できるでしょうか?
できないですよね。
資格とは「使ってなんぼ」なのです。
私が現役の頃、定年前にFPの資格を取る人が結構いましたが、その資格を定年直前ではなく、若年幹部の頃に取得させ、部隊等における「FP指導幹部」として、隊員指導にFPの知識を活用し、そして経験を積ませるのもありだと思います。
資格の種類によってはなかなか難しい面もあるとは思いますが、検討の余地はあるのではないでしょうか。
超多忙な幹部が自分のライフプランを考え、さらに資格まで取るとなると、日々の業務も相当計画的にこなす必要がありますし、上司や部下からも理解を得る必要があります。
以前は、陸上幕僚監部や総監部で勤務する若手幹部は、連日泊まり込みで仕事をし、週末も自主出勤して仕事をするというのが当たり前でした。
さすがに今の世の中でそんなことはないとは思いますが、多忙であることには変わりないでしょう。
それゆえに、組織的な施策として取り組む必要があると思います。
②外に対して自衛官の社会における有用性をアピールする
自衛隊がテレビで紹介される際、多くの場合は肉体的・精神的強靭性がクローズアップされたものになります。
または、同じ訓練の反復により、職人的なレベルにまで高められた技量などが紹介されたりもします。
確かに頼もしいように見えますが、一方で視聴者からは、「50歳半ばでもそれしかない人間」と思われるのでは、と危惧しています。
実際には、中堅幹部以上になると、肉体的な側面よりも、マネージメント能力や創造力が重視されます。
なぜなら、彼らは師団司令部や方面総監部、陸上幕僚監部でスタッフ(幕僚)として勤務することが多く、
そこでは、予算を含む中長期的な業務プランの立案、諸外国軍との防衛協力の企画、将来の情勢予測、あるべき陸上自衛隊の姿を実現するための施策、
ロジスティックに関する制度の起案など、創造力を働かせ、そしてロジカルに考えることが求められる業務に携わることがほとんどです。
そして、これら1つ1つのプロジェクトをマネージメントする能力も求められます。
これらの経験で培ったものは、一般企業の管理職としても十分通用するものだと思います。
また、海外の大学への官費留学経験者、他省庁や企業(広告代理店や商社など)への出向経験者など、さまざまなバックグラウンドを持っていたりもします。
これだけの人材があるにも関わらず、一般にはほとんど知られていないのが残念です。
私自身、民間企業で働き始めた当初は、「腕立て伏せは無限にできるんですよね?」とか、「サバイバル訓練でヘビを食べましたか?」のような質問をよく受けました。
質問してくる人に悪気はないのですが、自衛官について知っていることといえば、それくらいなので仕方がありません。
ですので、幹部自衛官に求められる資質を知ってもらうようなPRが必要だと思います。
例えば、司令部や陸上幕僚監部で奮闘する幹部のドキュメンタリーはどうでしょうか。
ストーリー性があってメディア受けすると思いますが。
その際に、「これは一般企業で言うと事業開発部署に相当し、彼はそのマネージメントを任されています。」とか
「企業の中期的な戦略企画と同様の意味合いを持つ、重要な仕事を任せられています。」のような、
「企業で言えば◯◯のような仕事」という説明をはさめば、視聴者にも分かりやすいのではないでしょうか。
また、そんな彼らを育成するCGSやAGC(幹部高級課程)での教育を知ってもらうのも一案でしょう。
ロジカルに議論する姿は、一般の方には新鮮に感じられるのではないでしょうか。
そのほか、出向中や留学中の自衛官の姿など、「自衛官=筋肉」以外の側面をPRしていくべきだと思います。
このような一般社会でも有用性があること知ってもらう活動は個人ではできないので、組織的に取り組むことが必要でしょう。
③防衛関連企業への良心的再就職者が活動しやすい環境を構築する
自衛官としての意識が高い人は、定年退官後も日本の防衛に貢献したいと考えると思います。
そのような人は、自らの経験が生かせる防衛関連企業への再就職を希望するでしょう。
しかしながら、先ほど記述しましたように、防衛省はOBを遠ざける傾向にあるため、今後は防衛関連企業に再就職しても、彼らの活躍の場はなくなっていくと思われます。
これでは、生涯設計の中に「定年後は防衛関連企業へ」は入れづらくなります。
また、防衛省・自衛隊にとっても、ユーザーのことがよく分かり、かつ、意識の高い人材が防衛関連企業を避けるようになるのは損失だと思うのです。
ちなみに、私が現役の頃、防衛関連企業に再就職したOBで、顧問以外では営業職に就いた人が多かった印象があります。
営業と聞くと、「うちの製品を買ってください」が一番に思い浮かぶかも知れませんが、営業という仕事はそれだけではありません。
お客さんがどんな課題を抱えていて、それをどうすれば解決できるのかを考えるのも営業の仕事。
これは意識の高い元自衛官が、その経験を発揮し活躍でき、「自衛官でよかった」と思えるうような仕事ではないでしょうか。
ですから、このような人材を「良心的再就職者」と定義し、防衛省・自衛隊にアプローチしやすい環境を整えることが必要だと思います。
例えば、OBとの面会手続きの簡素化、恒常的な面会許可証の発行など。
ただ、何らかの基準を作って「この人は良心的な再就職者です」と定義しても、それだけで元自衛艦隊司令官のような人物を排除できるとは限りません。
ですから、定年退官者であっても、現職時の職位を悪用して秘密情報を獲得しようとり、調達の公平性や透明性に疑義を持たれるような行動があった場合は、その個人を罰することができるよう、自衛隊法など関係法規の改正もセットで行う必要があろうかと思います。
これはなかなか難しいチャレンジですが、検討してみてはいかがでしょうか。
まとめ
以上、3つの施策を提言してみました。
これらを実践したとしても、効果が判定できるまでには十数年かかるかも知れません。
なかなか長期の戦いになると思いますが、生涯設計の確立に関して検討されていることが分かると、
現役自衛官も少しは安心して仕事を続けることができるのではないでしょうか。
実際の総理以下の関係閣僚会議でどんな施策が提言されるのか、注目したいと思います。